介護サービスの契約締結手続き・署名の意味を理解していますか?(介護保険法における利用者の意思能力と契約締結について)

介護保険制度

(介護保険法における利用者の意思能力と契約締結について)

 介護保険では事業者として介護サービスを利用する方に、介護サービスの内容をしっかりと説明したうえで契約を締結することが当然です。

しかしながら、実際にはこの利用者は、介護サービスを利用することからも要介護状態であり、かつ年齢も80歳半ばを超えていることが多いのも事実です。こうなると利用者が介護サービスの契約内容の説明を受けて、本当に理解することができているのかと、一抹の不安を感じることがあります。

こうしたことから、今回のブログでは、契約締結の仕方(大前提)を確認しつつ、行政機関の視点、介護保険制度における現行法下での問題点、利用者や事業者の運用について検討したいと思います。

契約締結の仕方について(大前提)

 冒頭、次のとおり、契約締結における前提は以下のとおりです。

★契約締結の仕方について大前提
①利用者本人に意思能力があること(意思能力がない場合は成年後見人等)
②利用者本人が契約内容を理解し、契約締結を行うこと

介護保険法における契約に対する行政機関の視点について

 介護サービスを利用する場合、あらかじめ利用者は契約締結に先立ち事業者から契約内容の説明を受けます。利用者は、その介護サービスについての説明を受け、内容を理解したうえで契約締結することとなります。

では、この契約締結の有効性について行政機関は関与するのでしょうか。実際に行政機関による運営指導や監査において、契約締結の有効性について言及したようなケースを目にしたことがありません。これは行政機関が、この介護保険を利用する契約について、あくまでも私人間の契約であるとして関与しないということなのだと思います。

行政機関にとって介護保険法が成立する以前の福祉とは「措置」であり、介護保険法が成立した以後、介護保険ではこれが「契約」とされたのです。よって、介護サービスの利用に先立つ契約は、行政機関は、あくまでも利用者の自己決定に委ねられたものとしているのです。

コメント☞つまり、 「運営指導」、「監査」において、この契約の有効性に関する指摘は行わない。

介護サービスの契約の相手方が制限行為能力者である場合

 標題の場合、利用者が介護サービスを利用するにあたり、事業者は利用者の状況が明らかに意思能力を欠くことが明らかな場合、家庭裁判所において後見開始の審判を受け、その後成年後見人と事業者側が成年被後見人の介護サービスに係る契約締結を行うことになります。

 このようなケースであれば、事業者としてこの手続きに従うのみで、何ら迷うこともありません。

しかし、これが事業者として利用者の意思能力の状況を把握しにくいような状況である場合には、事業者としてこの契約手続きをどのように進めるのか、判断に迷うことがあるのです。

介護保険制度における現行法下での問題点について

前述のとおり、利用者の状況が明らかに意思能力を欠くことが明らかな場合、事業者側は家庭裁判所において後見開始の審判を受け、その後成年後見人と介護サービスに係る契約締結を行うことになります。

 しかしながら、利用者が入院しており医療機関から早急に退院を求められた場合など、介護サービス(施設入所等)を利用することに緊急を要する場合には、後見開始の審判の申立てを行いつつ、後見開始の審判を本案とする保全処分(家事審判法126条1項)としての「財産の管理者」を選任させるとともに、権限外行為許可の申立て(家事審判法126条8項が準用する民法28条、103条)をし、家庭裁判所に財産の管理者へ施設入所契約締結の権限を付与してもらうことが考えられます。こうした緊急を要する場合として、これらの手続きを行うためであっても、やはり期間として「約3カ月~4ヶ月程度」は要することでしょう。

 こうなると介護保険制度における現行法下では、利用者や事業者にとって、①~⑤のような問題点が出ることになります。

★利用者や事業者から見た問題点
①介護保険を利用するために緊急性を有する(時間がない)
②こうした手続き(後見開始の審判等)に時間がかかる
③成年後見人の報酬(費用がかかる)
④利用者・家族の介護サービス利用に対する強い希望
⑤事業者としても契約が決まらない(機会損失)

 つまり、利用者が介護サービスを利用する場合、前項のように「意思能力の状況を把握しにくいような状況である場合」には、現行法下では利用者や事業者には①~⑤のような問題点を感じている側面があるのです。

こうしたことを踏まえ、次項では現行法下での範疇で利用者の要望に配慮しつつ、かつ事業者が契約締結を行うことできるような視点で考えてみたいと思います。

介護保険制度における現行法下で利用者や事業者の運用を考える

 介護保険を利用するにあたり、事業者として介護サービスを利用する方に、介護サービスの内容をしっかりと説明してから契約を締結することが当然です。

しかしながら「意思能力の状況を把握しにくいような状況である場合」、つまり 事業者は利用者の意思能力の状況が把握しにくい中で、何をもって意思能力がある者として扱い、契約締結を行うことにしたのか、その「判断・根拠」を示すことが必要となります。

そもそも利用者に意思能力が存在しない状況での契約締結、これに伴う署名をたとえ徴したとしても、この契約締結は無効なのです。

そうであるのならば事業者として「この利用者が意思能力がある者」として「判断」のうえ、契約締結を行ったのかという「根拠」をあらかじめ備えておくべきです。

 また、代理人が契約を行う場合であっても、その代理人の権限を示す書類を確認できるように事業者はあらかじめ備えておくべきです。

 このような書類等について、事業者として書類管理体制の不備が疑われないよう、あらかじめ備えておいたほうが好ましい手続き・書類等を以下に示します。

★利用者が意思能力がある者として判断した根拠について
①意思能力がある者として判断するための「判断シート」を作成・使用
②上記判断シートを用い、判断を行う場合には「第三者(例えば看護師等)」に立会をお願いし、利用者から聴き取りを行い記録を作成

★代理人が契約を行う場合についてその権限を示すものについて
①成年後見人等の登記事項証明書
②委任状

契約書等への署名について

 介護サービスを利用者する者が意思能力を有し、もしくは成年後見人等が存在し代理人が契約を行う場合、その署名についての記載例を以下に示します。

 そもそも署名とは、介護サービスの利用に先立ち契約締結において、利用者が契約内容を理解して契約締結を行ったという事実を明確に示すものです。

当然ですが、利用者がいくら署名を行ったところで、利用者に意思能力が無ければ、その契約締結自体は無効です。

なお、署名とは文書(契約書等)の成立を推定させるものです(民事訴訟法228条4項)。

★署名の記載例 ※山田 太郎(利用者)、山田 二郎(成年後見人)」とします。

【署名①】 ※成年後見人が代理人として契約締結を行う場合
山田 太郎
代理人 山田 二郎

【署名②】 ※本人に意思能力があり筆記ができない場合
山田 太郎
山田 二郎 代筆

介護サービスを行う事業者はどうすべきなのか?

 あくまでも、介護サービスを利用者と有効に契約締結を行うためには、「1.契約締結の仕方について(大前提)」が大前提です。

しかしながら、「4.介護保険制度における現行法下での問題点について」における利用者や事業者から見た問題点を踏まえると、前述の大前提を尊重しつつも、介護サービスを実際に行う事業者として、そして介護サービスの利用者の要請として「5.介護保険制度における現行法下で利用者や事業者の運用を考える」のような運用を検討していくことも、実際にはやむを得ないのではないでしょうか。

そもそも契約締結が有効に成立するためには、利用者に意思能力があり、もしくは利用者の意思能力の状況が把握しにくい中であるとすれば、「何をもって意思能力がある者として扱い、契約締結を行うことにしたのか」について、その「判断・根拠」を示すことは事業者として必要なのです。

 これが前述のような契約締結の有効性に成立している前提で、あくまでも単に「運営指導」や「監査」を乗り越えたいということであるのであれば、「2.介護保険法における契約に対する行政機関の視点について」でも述べたとおり、行政機関は運営指導や監査を通じ、その契約内容の有効性について、私人間の契約であることからも、これに関与しないのです。こうしたことから「契約書や重要事項説明書に利用者の署名がなされている」状態であれば、この行政機関による「運営指導」や「監査」を乗り越えることはできるのでしょう。

 しかし、そもそも利用者が意思無能力ということになると、形式上署名がなされていても、そもそも契約は無効です。

これは、突き詰めると、無効な契約に基づく介護報酬の請求という、「本来、介護保険法が想定していない形式での介護報酬請求の実例が積み重ねられるだけなのではないでしょうか。

まとめ

 今回、このようなブログを書いた理由は、そもそも介護保険を利用するにあたり、事業者として介護サービスを利用する方に、介護サービスの内容をしっかりと説明してから契約を締結することが当然なのですが、介護現場におけるその実状との齟齬を感じたことからでした。

 実際、介護サービスを利用する利用者は、要介護状態であり、かつ年齢も80歳半ばを超えていることが多いのです。こうなると契約締結にあたり、事業者として「利用者は介護サービスの契約内容の説明を受けて、本当に理解することができているのだろうか」という不安を感じることがありました。

こうしたことから、今回のブログでは、そもそも契約締結の仕方(大前提)を確認しつつ、行政機関の視点、介護保険制度における現行法下での問題点、利用者や事業者の運用について書いてみました。

なかなか、今まで私が書いたブログとは毛色が違い苦労しましたが、契約締結の仕方(大前提)に配慮しつつ、介護サービスを提供する事業者として、ひとつの配慮や方向性を示すことができたのではないか思います。

最後まで、ブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。ぜひ、次回のブログをお楽しみに。

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