事故報告書を作成する本当の目的とズレが生じていないか?

介護保険制度

 私自身、高齢者施設の施設長や、居宅サービスの責任者も行ったことがあるので、当然事故発生時に、速やかに事故報告書を保険者はじめとする行政機関に報告しました。

この事故報告を保険者等の行政機関に行うことは、老人福祉・介護保険関係事業に携わる事業者として非常に重要な義務であり、また入居者や利用者、ご家族との信頼関係の基礎となるものです。

しかし、この事故報告にあたり、以前は行政機関によって事故報告すべき範囲が異なったり、また事故報告書の書式が相違したりと、非常に手間が掛かった記憶があります。

 実は、以前、関東のとある政令指定都市の介護保険担当課のA職員に、このように尋ねたことがあります。

私「貴市において、介護サービスに関係する施設や事業所が数多くありますが、正直毎日すごい数の事故報告書を詳細に確認していますか?」

A職員「目は通しています」

 私としては、想定した回答だったのですが、反面、残念にも思いました。

なぜなら事故報告書をお送りして「目を通しています」ということは、あくまでも推測ではありますが目を通しているだけで、良くて「事故をただ集計しているだけ」、または「死亡事故のような重大事故だけピックアップ」だったのでしょう。

 加えて私は、行政機関は、この事故報告書を事業者から提出することを義務付けているにもかかわらず、前向きに事故防止策に事例を役立てるようなデータとして活用していないことは、「何のための事故報告なのか?」非常に疑問にも思いました。

 今回は、こうした事故報告について、事故報告書の書式や、この事故報告されたデータについて、実際に行政機関(市町村)はどのように活用しているのかを、このブログで確認したいと思います。

介護保険施設における安全管理体制について(令和3年度介護報酬改定を通して)

 令和3年度介護報酬改定では、介護保険施設におけるリスクマネジメントの強化として以下【表1】のとおり、基準の見直しが行われました。

【表1】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P15より引用

 上記、基準の見直しを受けて【表2】のとおり、基準・単位数・算定要件等が改正されました。

【表2】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P20より引用

 この基準改正を見た時、このリスクマネジメントの強化は介護保険施設に止まらず、今後、他の介護サービスにも波及していくのだろうと考えました。

 加えて、上記【表2】の下部(色付けした部分)に、「将来的な事故報告の標準化による情報蓄積と有効活用等の検討に資するため、国で報告書式を作成し周知する。」との記載があります。

 前述のとおり、報告にあたり、以前は行政機関により事故報告すべき範囲が異なり、また事故報告書の書式が相違することは、非常に事業者にとって業務負担になるのです。しかし今回は上記のとおり、「事故報告の標準化による情報蓄積と有効活用等の検討」と明確に記載されています。

 そういった意味で、次項以下で事故報告についての「わずかな期待を込めながら」、現状を確認したいと思います。

介護保険施設等における事故の報告様式について

 以下の【表3】のとおり、「介護保険施設等における事故の報告様式等について(令和3年3月19日付関係課長通知)(老高発0319第1号・老認発0319第1号・老老発0319第1号)抄」により、事故報告をすべき事故報告対象やその内容等について定められています。

【表3】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P17より引用、介護保険最新情報Vol.943号(令和3年3月19日)「介護保険施設等における事故の報告様式等について」参照。

 特に、事故報告書の書式については【表2】の下部(色付けした部分)に「国で報告書式を作成し周知する。」との記載があり、また【表3】(色付けした部分)にも次のとおり記載されています。

分析を行うためには、事故報告の標準化が必要であることから、今般、標準となる標準様式を作成し、周知するもの。

○これまで市町村等で用いられている様式の使用及び別紙様式を改変しての使用を妨げるものではないが、その場合であっても、将来的な事故報告の標準化による情報蓄積と有効活用等の検討に資する観点から、別紙様式の項目を含めること。

別紙様式は、介護保険施設における事故が発生した場合の報告を対象とし作成したものであるが、認知症対応型共同生活介護事業者(介護予防含む)、特定施設入居者生活介護(地域密着型及び介護予防含む)、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、養護老人ホーム及び軽費老人ホームにおける事故が発生した場合にも積極的に活用いただきたい。また、その他の居宅等の介護サービスにおける事故報告においても可能な限り活用いただきたい。

【表4】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P18より引用

 上記「別紙様式」の事故報告書について書式が統一されること、つまり事故報告すべき項目が統一化され、高齢者施設や介護サービス事業者等にとっても業務効率を図るうえで、非常に効果があると思います。

では、実際に【図1】において、上記の事故報告標準様式の使用状況を確認すると次のとおりとなります。

【図1】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P25より引用

 上記【図1】から分かることは、施設から市区町村への報告様式・書式について、厚生労働省が示す事故報告標準様式(「別紙様式」上記【表4】を指す)を使用している状況は以下のとおりです。

・事故報告標準様式を使用している市区町村 64.5%

・別途定めた様式を使用している市区町村  20.2%

・様式・書式を定めていない市区町村    15.2%

このうち、上記の「別途定めた様式を使用している市区町村」のうち、厚生労働省が示す事故報告標準様式への「移行予定がある」市区町村は29.0%であり、反面71.0%にあたる115の市区町村は「移行予定がない」ということとなっています。

ここで敢えて私は指摘しますが、この「移行予定がない」という市区町村について、この問題の本質を理解することができない市区町村と思わざるをえません。移行しない理由は一体何でしょうか。高齢者施設や介護サービス事業所において発生する事故について、正直「地方の独自性」や「地域の特性」もクソもないと思います。

 そもそも【表2】のとおり、国は明確に「将来的な事故報告の標準化による情報蓄積と有効活用等の検討に資するため、国で報告書式を作成し周知する。」との記載があるのです。

この高齢者の事故報告に伴う、事故発生原因の把握やその対策を講じる施策は非常に重要なものであると思います。それは事故報告の標準化はデータの蓄積通じ、これを有効活用するための第一歩となるはずなのです。

現状の事故報告の仕組みについて確認する

次に、以下【図2】では、高齢者施設や介護サービス事業者等において、事故発生した場合の現状での事故報告の仕組みについて確認します。

【図2】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P31より引用

 上記【図2】のとおり、事故発生時、事業所は市区町村に事故報告を行うことになっていますが、都道府県や国(厚生労働省)への報告はあくまでも任意となっているため、「一元的な事故情報の集約」は行われていないことが分かります。

また、運営基準の解釈通知により、高齢者施設や介護事業所に対しては、事故防止に向けたPDCAサイクルを通じての各種分析や防止策が求められ、かつこれを講じています。

 しかし、この事故情報を集約・分析・活用する仕組みが存在しない状況で、事故報告の受けた市区町村は、事業者に事故報告させたところで、これを有効に活用しているのでしょうか。次項ではその点を確認したいと思います。

市区町村における事故情報の集計・分析・活用の状況を確認する

 以下の【図3】によると、市区町村の事故情報の集計・分析の有無については以下のとおりです。

【図3】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P28より引用

【事故情報の集計・分析の有無】

 ・介護事故の件数を単純集計している 59.3%

 ・集計や分析は行っていない     27.8%

【活用方法】

 ・介護事故報告を提出した施設に対して指導や支援を行うために活用 49.6%

 ・活用していない                        27.2%

 上記は、【図3】より抜粋した事項であるが、やはりというか、この事故報告を受けている市区町村について、その対応には大きな問題があるのではないでしょうか。

 特に【事故情報の集計・分析の有無】に至っては、集計や分析に単純集計(件数だけを集計しても意味が無い)を合わせると、何と「87.1%」が事故報告に対する分析を行っていないのである。

 【活用方法】についても、「活用していない」など論外、「介護事故報告を提出した施設に対して指導や支援を行うために活用」を49.6%の市区町村が行っているそうであるが、前述の単純集計を行うのみであり分析を行っていない市区町村に、具体的にどのような指導や支援ができるのか、ぜひ確認したいものです。

 次項では、施設側から見た介護事故防止や再発防止に関する市区町村からの支援について確認したいと思います。

市区町村における事故情報の活用の状況(施設調査)を確認する

 以下の【図4】によると、市区町村の事故情報の集計・分析の有無については以下のとおりです。

【図4】

出典:令和5年9月15日 社会保障審議会介護給付費分科会(第224回)資料5  P29より引用

 前項の結果からすると当然いえば当然の結果ですが、介護事故防止や再発防止に関する「市区町村から得ている支援」について「市区町村からの支援は得ていない」と回答した施設は59.0%なのです。

 この前提として、多くの事業者は事業を行ううえで責務として事故報告を市区町村に行っています。そして運営基準の解釈通知により、事故防止に向けたPDCAサイクルを通じての各種分析や防止策が求められ、かつ対応策を講じています。

 それにも関わらず、約6割もの施設が市区町村から介護事故防止や再発防止に関する支援を受けていないということが事実です。

反面、「市区町村から得られると有用な支援」という項目では、56.2%もの施設が「他施設での再発防止策に関する事例や取組等の情報提供」が有用であると回答しています。つまり事業者として、介護事故防止や再発防止に関する支援を市区町村から得られると有用であると約6割の施設が認識しているということです。

まとめ

 今回、令和3年度に定めた介護保険施設等における事故報告の標準書式について、令和4年度改定調査研究事業において、標準様式の活用状況や報告されている事故情報の内容等の実態把握が行われています。今後、国(厚生労働省)による事故情報の一元的な収集・分析・活用の仕組みを視野に入れた標準様式等の改正案の検討や仕組みの構築がなされて行くのでしょう。

こうした中で、いまだに事故報告書について「別途定めた様式を使用している市区町村」のうち、厚生労働省が示す事故報告標準様式への「移行予定がない」という市区町村が115の市区町村も存在するという事実は、正直私には「地方分権の弊害」なのではないかとも思えてしまいます。

高齢者の事故報告に伴う、事故発生原因の把握やその対策を講じる施策は非常に重要です。そして事故報告項目、事故報告書の標準化により、データの蓄積通じ、これを有効活用するためには非常に重要です。

運営基準の解釈通知により、高齢者施設や介護事業所に対しては、事故防止に向けたPDCAサイクルを通じての各種分析や防止策が求められ、義務を課しています。

しかしながら、現時点は残念ながら、「一定数の市区町村」について、「事業者から事故報告に関する義務を課し、情報を受けているにも関わらず、自らは、この分析含めた活用をせず、ただ事業者に事故報告させているだけ」と言えるのではないでしょうか。

つまり、これは事業者のみに義務を課し、市区町村自らは、その責任を果たしていないと私は思います。

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