ご存じのとおり、介護保険制度が始まりすでに20年以上が経過しました。
この中で介護保険法に基づく介護保険施設や事業所に対する運営指導や監査は、公費を用いた介護保険制度の安定的な運営と信頼性を担保する重要な業務であることにほかなりません。
これは地方分権により、例えば都道府県より政令指定都市や中核市等への権限移譲がなされたからといって、介護保険における監査の本質的な部分で大きな変化があることは、決して好ましいものではないと私は考えます。
なぜなら介護保険制度というルールの中で事業者側は制度を理解し、その信頼関係の中で業務を継続的に行っていることだからです。そう言ったことからも、この指導監査手法は、事業者にとって介護保険制度への信頼性が担保される非常に大切なものであると言えるでしょう。
このような状況で各自治体間、つまり行政機関は、指導監査手法や行政処分内容について、従前の前例や周辺の同様の介護サービスを行っている事業所とのバランスを取りながらひとつの監査の判断を導いているものと思われます。
しかしながらこのような行政処分における判断を行う中でも、やはり整合性が取れないような事例が現れてしまうものなのです。
今回は、行政機関により監査が実施され、行政処分がなされた内容について、整合性が取れていないと思われる事例を比較して、その理由を探ってみたいと思います。
監査に基づく行政処分の具体的な事例を比較してみる
まず、以下の行政処分事例について、私は最近目にしたものです。
非常に限られた情報の中であり、サービス類型も異なることから、単純に比較することが難しい面もありますが、このブログをお読みいただいている皆さまは、期間や金額を含め、どのように感じられるでしょうか。
福岡市(令和2年3月)の行政処分事例
- 行政処分の内容 「指定取消」
- 事業種別 訪問介護、第1号訪問事業
- 不正事案の概要(根拠法令)
- 返還請求額 248,557円( 徴収金に100分の40を乗じて得た加算額を含む。)
サービスを提供していないにもかかわらず、虚偽の記録を作成して介護給付費を請求、受領し、また提供したサービスの時間を水増しして介護給付費を請求、受領した。(法第77条第1項第6号)
秋田県(令和5年5月)の行政処分事例
- 行政処分の内容 「6カ月の新規利用者受入停止」、「介護報酬3割減額」
- 事業種別 ショートステイ(社会福祉法人)
- 不正事案の概要
- 返還請求額 約1億5800万円
2019年4月~2022年6月まで、定員を最大で数人を超える利用者を受け入れており、定員を超過した場合、介護報酬減算(3割)を行っていなかった。また、定員超過により加算算定をすることができない加算についても介護報酬として受け取っていた。
あくまでも、上記の返還すべき金額のみに着目したのであれば、①の事例は返還請求額が約25万円程度であるにも関わらず、事業所が「指定取消処分」を受けていることが分かる。もちろん本件事例のみではなく、あくまでも仮定ではありますが当該事業者は従前よりの事業所運営において問題があったのかもしれません。
しかし、秋田県の事例はショートステイを運営する社会福祉法人であり、その返還請求額が約1億5千万円以上にも達しているにも関わらず、6カ月の新規受入れ停止」と「介護報酬3割減額」という行政処分に留まっているのです。
この返還金額の大きさのみを見てしまうと、同じ介護保険法に基づく監査であるにも関わらず、その下された行政処分は非常にアンバランスで、この両者の行政機関の指導監査の内容に、思わず不整合があるのではと思ってしまいます。
行政処分等の実態及び処分基準例の案に関する調査研究事業報告書より考える
平成25年度~平成27年度の行政処分等の事例(約1340事業所)について、違反の内容、処分事由の分析にあたっては、「公益侵害の程度」、「故意性の有無」、「反復継続性の有無」、「組織性・悪質性の有無」の観点や、利用者保護などの情状酌量の状況を斟酌されています。
今回の福岡市の事例について、行政処分が下された大きな理由は、サービス提供の実態がないことから架空請求、つまり「不正請求」であるといえるのです。
反面、秋田県の事例についても、定員を超過して介護報酬を減算せず、かつ加算要件を満たしていないにもかかわらず加算を請求していることからも、こちらも「不正請求」の誹りを免れ得ないとも思われます。
つまり、福岡市と秋田県の事例を単純に処分事由にあてはめてみると、不正請求であることには変わりはないのです。加えて言うのであれば、両者とも不正請求というのであれば、つまり「単純に金額の大小」というのであれば、かえって②の事例の方が福岡市の事例よりも社会的影響が大きく悪質とも言えそうであり、行政処分の結果が逆となってもおかしくはないのではないでしょうか。
しかし、行政処分の結果をみると同じ不正請求であっても、福岡市の事例については全くサービス提供実績が無い架空請求は最も公益侵害の程度が大きく、このような行政処分の結果となったのであろう。
また、秋田県の事例については、あくまでも介護報酬に対する知識不足による過失であり、意図的・計画的に減算しなかったのかという、つまり行政機関は故意性が重くはないと判断したものと思われます。つまり、私はあくまでも両事例の「違法性は軽重」により行政処分の内容の判断したものと思います。
では、次の項目では行政処分を下すにあたっては処分基準等が存在し、これにより行政処分が下されるのであろうか。そのような点を確認したいと思います。
行政機関には監査に基づく行政処分の基準は存在するのだろうか
この調査報告書(平成29年3月)によると、介護サービス事業者に対する監査に基づく行政処分を実施するにあたり処分基準等は以下の運用状況となっています。
- 自ら作成した基準を使用している行政機関・・・2割
- 他の自治体から提供を受けた基準等を使用している行政機関・・・3割
- 基準は無いという行政機関・・・3割
その他の内容として最も多かったのが「過去の行政処分事例を参考にしている」というものでした。
また、行政機関が行政処分にあたって重視する点は以下の事項です。
- 利用者の権利侵害
- 故意性
- 保険者や被保険者に対する公益侵害
- 反復性
- 監査時の対処姿勢
- 組織的関与
- 継続性
上記のとおり、確かに行政機関は介護事業者に対して、何らかの基準を用い、監査に基づく行政処分を下している場合が多いとも思える。
反面、あくまでも私見ではあるが、このような監査に基づく行政処分の基準が存在することは、メリットとともにデメリットが存在すると思われる。
行政処分の基準があるメリット
- 監査基準を定めることに伴い、基本的に「画一的な行政処分」を下すことができる。
- 過去の行政処分事例を数値化し、個別性を加味することにより、行政処分の判断や結果に対し、「一定の合理性」を導くことが可能になる。
- 指導監査事例につき「事例の当てはめ」を用いることにより効率的な監査を行うことができる。
行政処分の基準があるデメリット
- 監査基準を定めることにより、個別的な事情に対応しにくくなる。
- 悪質な介護事業者について、「監査基準の抜け穴」を突くような事業者が出てくる恐れがある。
確かに監査基準を明確化することは、良好な事業運営を行う事業者にとって、基準を理解し、コンプライアンス上も、より良い事業運営に繋がると思われるでしょう。
しかし、一部の悪質な事業者にとって、良好な事業運営というより「監査基準の抜け穴」を探すような運営、つまり「故意性」を強めるような方向性に向かってしまう恐れがあるのではないでしょうか。
今回の具体例でこのような監査に基づく行政処分に差がついたのか
今回は前述のとおり、具体な事例として福岡市と秋田県を比較しましたが、監査から行政処分が下されるまで詳細な状況を把握していないので、処分内容について差が生じた理由を論ずることに限界があります。
しかしながら、監査に基づく行政処分にあたり、以下の影響や方向性により、処分結果が導かれるのではないであろうか。
- つい返還金額に目が行くが「少額の不正請求は罰せられない」ということは無い。
- 返戻金額の大小よりも、かえってサービス提供実績が無い架空請求等、架空請求が公益侵害の程度が大きい。
- 返戻金額の大小よりも、不正請求が故意ではなく、「介護報酬に対する知識不足による過失」の場合。
- 利用者保護の観点から、周辺に代替する介護サービスがある場合には、その処分内容は調整される必要が少ない。
- 利用者保護の観点から、入所施設は違反の程度が高くても取消しづらく、併設のショートステイ等もこれに連動し、行政処分が軽くなる傾向にある。
- 組織的かつ計画的な不正請求であり、虚偽答弁や隠ぺい行為があった場合には行政処分が重くなる傾向にある。