私は仕事柄、日頃から介護保険法に関する運営指導や監査の動向、各都道府県における行政処分事例を丁寧に見るようにしています。
この中で手続きとして、行政機関において事業所における事実確認を行うために監査を実施、行政処分が下されるのですが、その行政処分の内容に、他の事例と比較し違和感がある時があります。
今回は、具体的な事例を通して、私がなぜ違和感があるのか、そして事業者に対する行政処分の内容を追ってみたいと思います。
今回の事例の処分事由とその内容について
今回の事例では、石川県志賀町における介護医療院の不正事例を取り上げます。
ただし、このブログを作成している時点、石川県の正式な行政処分に関する文書を確認している訳ではありません。報道内容から処分事由や行政処分について状況を読み取り論じます。
上記を踏まえ、処分事由と行政処分内容を以下に記載します。
【不正請求の内容】
①施設において2022年10月から2023年3月までケアマネージャーを配置していないという人員基準違反の状況にあったにも関わらず、介護報酬につき減算を行っていなかった。
②施設側が石川県の運営指導の際、勤務実態の無いケアマネージャーの虚偽の書類を提出していた。
【行政処分の内容】
①2023年10月1日から6カ月間新規利用者の受け入れの停止(効力の一部停止処分)。
②その間、介護報酬について3割の減算。
今回の経過は、まずこの介護医療院に対し、石川県による定期的な運営指導が昨年末に実施されたのです。その指導の際に資料に不審な点を確認、これを受け今春に行政処分に先立つ監査が実施され、不正請求の事実が発覚したのです。
監査を通じて不正請求の事実の把握を受け、石川県は当該施設に対し上記に係る行政処分を事業者に対し、科すこととなりました。
この行政処分の内容について私が感じたことを書きます
今回、この行政処分の記事を読んで、私がこのブログに書こうと思った理由は、率直に本事例の不正請求の内容は、「本来は指定取消相当の行政処分事例ではないのか」ということを感じたことです。
過去にも、このブログでは行政機関が監査を通じて不正請求を把握、行政処分が下された他の事例も挙げてきましたが、それらの事例と比較しても、本事例は悪質であり、金額や地域における社会的影響が非常に大きいことからも、このことを私は強く感じたのです。
そもそも、厚生労働省では老人保健健康増進等事業の一環として、以下のような調査研究事業を実施してきました。
・「実地指導の効率性の向上に資する手法等に関する調査研究事業報告書」(平成31年3月)
・「介護保険法に基づく介護サービス事業者に対する行政処分等の標準的手法に関する調査研究事業」(平成30年3月)
この事業により調査した趣旨は、行政機関による運営指導や監査における業務の判断基準を明確化し、業務の効率化を目指すことであると思います。また、何より「行政処分のバラツキを無くし、事業者に対する処分内容に公平性を寄与すること」であると思います。
であれば、今回のこの石川県のこの施設に対する行政処分はバランス的に整合性が取れていない事例であると断じざるを得ないと思えてしまうのです。
ただ、これはあくまでも私が感じた感覚の話ですので、次項以下では、なぜ今回このような行政処分に留まったのかを、以下の項目にて客観的に説明したいと思います。
行政処分の件数の推移の状況を概観する
今回は、個別の行政処分事例から論じたのですが、この項目では、客観的な資料に基づき、今回の石川県の介護医療院に対する行政処分がこの程度に収まったのかを明らかにします。
まず、以下【図1】については、「全国の指定取消・効力停止処分の件数の推移」を表しています。
【図1】
出典:「実地指導の効率性の向上に資する手法等に関する調査研究事業報告書」P10より引用
【図1】を見ると、以下①~③のこと事象を読み取ることができます。
①2013年から行政処分の件数が急激に増加している。
②2005年までは行政処分は「指定取消処分」のみ。
③2011年~2016年の行政処分に対する「指定取消処分」の割合は平均51%の約半数。
上記①~③の事象が生じた理由を私なりに考えてみると、介護保険制度が開始されたのは2000年ですが、制度が徐々に成熟し、参入した事業所数も増加して来た事実もあるのでしょう。また、介護報酬も加算の数が多くなり、介護報酬算定にあたる理解が困難になってきたようなことも、ひとつの理由ではないかと思っています。
参考までに以下に2015年度の行政処分の状況を抜粋しました。行政処分の件数は事業所・施設において222件であり、うち指定取消処分は49.1%となっていることから、上記③の状況にほぼ当てはまることが分かります。
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平成27年度(2015年度)に介護保険法に基づく行政処分を受けた介護サービス事業者は、106事業者の222ヵ所の事業所・施設である。このうち、事業者ベースでは49.1%が指定取消処分、35.8%が効力の一部停止処分を受けている。入所施設における処分は4件であるが、すべて効力の一部停止である。サービス種別に見ると、訪問介護・訪問看護の事業所においては、取消処分が7割を超える。
出典:「介護保険法に基づく介護サービス事業者に対する行政処分等の実態及び処分基準例の案に関する調査研究事業報告書」P4より抜粋
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また、特筆すべきは、「入所施設における処分は4件であるが、すべて効力の一部停止である。サービス種別に見ると、訪問介護・訪問看護の事業所においては、取消処分が7割を超える」ことです。
この理由や考察については、次項において行うこととします。
それでは、念のため、監査や行政処分についての前提となる知識が無いと、分かりにくいのでア~エを示しますので、ぜひご覧ください。
ア 行政機関が行政処分を行う場合、事業所に対し、その判断を行うための不正事実の確認を行う必要があること。この判断を行うための事実確認を「監査」という。
イ 行政機関により監査が実施され、不正事実が確認されると、初めて行政処分が下される可能性が生じる。
ウ この行政処分は、事業所に対する「指定取消処分」、「効力の全部停止処分」、「効力の一部停止処分」がある。
エ 上記行政処分は行政手続法における「不利益処分」に該当するから事業者に対し「聴聞、弁明の機会」が確保されている。
たとえ事業者が不正請求を行っていた事実があり、行政機関がこれを明確に把握したとしても、行政処分を下す前提として「適切な手続き」が確保されていなければなりません。
行政機関は、行政手続法による適切な手続きを当該事業者に対し教示し、かつその手続きが適切に確保されていなければ、事業者に対し不利益処分を科すことはできないのです。
サービス種別ごとの行政処分の状況を概観する
次に、この2016年度における行政処分の状況をサービス種別ごとに明らかにします。この状況をみると、今回の石川県の介護医療院に対する行政処分がこの程度に収まったのかが分かります。
以下【図2】は、「2016年度の全国の指定取消・効力停止処分の件数(サービス別)」を表しています。
【図2】
出典:「実地指導の効率性の向上に資する手法等に関する調査研究事業報告書」P10より引用
上記【図2】から読み取れることは、以下①②のとおりです。
①明らかに訪問介護が行政処分を受けている割合が多い。
②全体的に居宅サービスの行政処分の割合が多く、施設系サービスの行政処分の割合が少ない。
上記の①②のとおり、【図2】から行政処分を受ける不正請求等の発生状況は、訪問介護を中心とした居宅サービスが多く、施設系サービスが少ないのです。つまり、施設系サービスは行政処分を受ける不正請求等の発生が起こりにくいと言えるのでしょうか。
また、前項でも掲載しましたが、2015年度の行政処分からも、「入所施設における処分は4件であるが、すべて効力の一部停止である。サービス種別に見ると、訪問介護・訪問看護の事業所においては、取消処分が7割を超える」という実際の状況があり、これを見ても明らかです。
そのひとつの理由は、行政処分、特に指定取消を事業者に科した場合の「影響の大きさ」でしょう。
例えば訪問介護・訪問看護等の居宅サービスであれば、その事業所が指定取消の行政処分を受けた場合に、現在の利用者を周辺の事業者に振り返ることができるという判断があるでしょう(もちろん、周囲に事業者が無いようなケースもあります)。
しかし、今回の事例の介護医療院等の施設系サービスを、行政処分で指定取消を科す前提として、不正事案に対する行政処分より、先ずは「その施設に居住している利用者の保護を第一に考える必要がある」はずです。
仮に介護医療院等の施設系サービスを行政処分で指定取消とするならば、本当に「利用者を全て他の施設に振替える」ということができるのかという状況を「事業者側」、また行政処分を下す「行政機関側」も十分検討しなければならないはずなのです。
これは前述のとおり、利用者保護を第一に考えるのであれば、利用者保護、利用者移転に関する現実性や労力を考えると現実的ではないのでしょう。
こうしたことから、結果、施設系サービスは、居宅サービスに比較して行政処分が軽くなる傾向にあるのだと思います。
つまり、今回の石川県における介護医療院に対する行政処分の事例を、過去の施設系の行政処分の状況や、上記論点を踏まえ、本件を行政処分により指定取消処分とすると、当該施設の入居者を他に振替えるための代替施設を探すことは困難を極める、若しくは代替施設が存在しないのかも知れません。
よって、このような前提や状況により、このような行政処分となったのではと考えます。
監査の実施及び行政処分が科される理由と件数について
監査が実施され、どのような理由により行政処分を受けているのか。以下【図3】にから確認してみましょう。
この資料の調査期間は、平成28年4月~平成29年8月までの間に発生した全国の行政処分の処分事由ごとの件数を表しています。
その事由としては、やはり「不正請求」が多く、「運営基準違反」、「虚偽報告」の順になっています。
【図3】
出典:「介護保険法に基づく介護サービス事業者に対する行政処分等の標準的手法に関する調査研究事業報告書」P11より引用
この「不正請求」ですが、上記のとおり処分件数も多く、金額や期間など「外形的にその違反を判断する」ことができる側面もあります。反面、介護報酬制度について知識が不足している事業者の場合、この不正請求が「故意なのか過失なのか」判断が困難な側面も有しています。
ただ、今回の介護石川県の介護医療院の不正請求については、不正請求の内容において、「施設側が石川県の運営指導の際、勤務実態の無いケアマネージャーの虚偽の書類を提出していた」事実があり、運営指導の際、行政機関を故意に欺くことにより介護報酬を得ようとした、極めて悪質な事例に当たるものと思います。
まとめ
今回は、実際の介護保険法における施設系サービスの行政処分事例を踏まえ、資料の裏付けとともに、小職の見解を記載してみました。このような介護保険法における監査について深掘りした内容のブログは、今まであまり無かったのではないでしょうか。
さて、弊社では、様々な事業者の方々から行政処分についてのご相談を受けることが非常に多いです。これに対し私たちは、運営されている事業所の状況や過去の運営指導や監査の状況を伺いながら、しっかりとした対応策をお答えするようにしています。
今回の事例を踏まえ、今私たちが、ここでアドバイスを求められたのであれば、次のように回答します。
行政機関に対し、誠実に対応し「虚偽報告や虚偽答弁を行わないこと」です。
仮に、運営されている事業所において、運営指導や監査対応をはじめ、行政対応に困るようなケースがございましたら、ぜひ弊社にご相談ください。
過去に様々な類型の運営指導や監査の行政対応を経験しておりますので、ご期待に沿うことが可能です。