運営指導におけるICT化された文書の確認について

運営指導、監査、立入検査

 介護保険事業を運営していくうえで、事業者として行政機関による運営指導を受けることは避けて通ることができません。

運営指導は、行政手続法第32条に基づく行政指導です。行政指導は、法律上の拘束力を有する手段によって求める内容を実現するための処分行為ではなく、「あくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現される」ものであるから、その効力には強制力はないのです。

では、強制力がないからといって運営指導を受けないということは、どのようなことになるのでしょうか。恐らく、行政機関は事業者に対し、運営基準違反や介護報酬の不正請求があるのではというような懸念を生み出し、場合によっては監査に発展する可能性もあると思います。

こうした中で、事業者も適切な事業運営を行っていくためにも、行政機関から真摯に個別指導たる運営指導を受けることとなりますが、今回のテーマのとおり、事業所の運営において記録される書類等が「ICT化」されるケースが非常に多くなっています。反面、従来までの運営指導の手法が、今後大きく変化していくのではと思い、今回この内容についてブログを書いてみることにしました。

ICT化に伴う記録書類の変化とメリット

 事業者として、長年運営指導や監査に立ち会ってきました。以前の運営指導において事業所では、保管している文書について、紙ベースであることがほとんどでした。例えば、訪問介護事業所を例に挙げると、以前は介護サービスを提供した際に記載する記録、サービス提供票についても手書きでした。しかし、現在はタブレットによる入力により、その介護記録はディスクやクラウド等に保管されるケースが多くなりました。

つまり行政機関による事業所では、以下のとおり記録や保管方法の変化が生じているので運営指導での対応方法も変化するはずなのです。

【事業所における記録や保管方法の変化】

「過去」・・・記録は「手書き」であり「紙ベース」による保管が多い。

「現在」・・・「パソコンやタブレットで入力」され、「ディスクやクラウド」に保管。

 以前より、介護は労働集約的な仕事と言われており、かつ人材不足という業界特性からも、業務効率化を行うことは必須の課題となっています。そうした意味でICT化を行うことは介護職員や事業所にとって効率的な事業運営を行ううえで、重要な方策となるのです。

以下は、介護職員や事業者がICT化を図ることによるメリットの例を挙げてみました。このようなメリットがあるからこそ、このような取り組みが進んでいるのだと思います。

①「手書き→端末入力」による業務省力化

②書類の保管場所が不要となる

③職員間における介護情報が共有化しやすくなる

④情報集約により他職種との情報重複を防止できる

運営指導を受けた経験がある事業者の文書のICT化について

 ここでは、実際に運営指導を経験したことがある事業において、ICT化した文書の有無や保管方法について、調査研究に関する報告書より、そのデータを見たいと思います。今回使用する報告書は、少し古い資料ではありますが、平成30年3月「実地指導における行政文書削減に関する調査研究報告書」を用います。

※「実地指導」とある文言について、説明では現行の「運営指導」と記載します。

 【表1】を見ると、運営指導において各事業所ではすでに62.4%の事業所でICT化(電子ファイル化)していることが分かります。あくまでの推測ですが、この時点のICT化(電子ファイル化)とは、MicrosoftのExcelやWordによる電子ファイル保管も多く、現時点では、タブレット等よりの直接入力、クラウドへのデータ保管等により、そのICT化のレベルは向上しているものと考えます。

【表1】

出典:平成30年3月「実地指導における行政文書削減に関する調査研究報告書」P107より引用

 また、この当時は、「自治体から紙媒体でも保管するよう指導があった」の割合が12%もあることは、特筆すべき事項です。

 前項から、事業所がICT化することにより、介護職員や事業者にとって、効率的な事業運営を享受するというメリットや、文書のICT化の状況を見てきました。

 次に、そうであるならば、これらに沿う形で、これを指導する行政機関の運営指導における記録の確認方法も変化しなければならないはずです。次項ではその点を見てみたいと思います。

ICT化に伴う行政機関による運営指導の記録の確認方法と効果

 ここでは、実際に文書がICT化された場合、行政機関の運営指導における対応方法や書類の確認方法、そしてICT化による運営指導における文書確認に要する手間や時間等についての効果を見ていきたいと思います。

【表2】

出典:平成30年3月「実地指導における行政文書削減に関する調査研究報告書」P15より引用

【表2】を見ると、回答数は107件と少ないが、ICT化された文書の対応についての調査結果があるが、PC画面のみで確認するというケースは、僅か5.6%にとどまっていることが分かる。

反面、何らかの状況により、文書をプリントアウトする必要がある場合は、84.1%に及び、特に「必要な文書はすべてプリントアウトするよう依頼する」ケースが、6.6%も存在した。

 このように、ICT化したとしても、運営指導における文書確認において、行政機関は事業者に対しプリントアウトを求めているのであれば、「ICT化が進むことによる文書確認の手間と時間の増減」では、結果として上記のとおり、行政機関にとって運営指導に要する手間は「変わらない」若しくは「多くなる」、また運営指導に要する時間は「変わらない」若しくは「長くなる」という回答が約80%を占めている状況となってしまっているのです。

ICT化された文書の確認についての行政機関担当者の意見

 介護業界において、人材不足という業界特性からも業務効率化を行うことは必須の課題であり、ICT化を行うことは介護職員や事業所にとって効率的な事業運営を行ううえで重要な方策です。

 しかし、運営指導を行う行政機関の担当者の実際の意見を、【表3】として、ここでは挙げてみたいと思います。

今回使用する報告書は、平成31年3月「実地指導における文書削減に関する調査研究報告書」を用います。

※「実地指導」とある文言について、説明では現行の「運営指導」と記載します。

【表3】

出典:平成31年3月「実地指導における文書削減に関する調査研究報告書」P46より引用

 上記のように、自治体側の意見として、ICT化された文書確認は、できる限りPC画面で行っているが、確認に要する時間は増えており、結果としてこの操作も事業所の職員に行ってもらう必要がある。また、見たい文書がどこにあるか分からない等、手間取る印象もあり、以下のようなICT化に伴う文書に対する危惧を持っている自治体もあった。

 ・入力により「記録が単調」となる

 ・「記録の改ざん」が可能ではないか

 実は、つい最近、このブログを書くにあたり、ICT化された事業所における現状の運営指導の状況を2つの行政機関にヒアリングしたところ以下のような状況であった。

 ・基本的に、全てPC上の画面で原則、運営指導を完結させる。ただし、事業者側のPC操作職員を付けてもらう(A政令指定都市)。

 ・事前に運営指導に必要な書類(ファイル)を確認できるように準備してもらう。これはPC画面上であっても、また紙でも良い。ただし、より確認したい場合は、プリントアウトをお願いする(B都道府県)。

 上記のとおり、念のためヒアリングを行った。結果としてA政令指定都市のように「PC画面上にて原則、運営指導を完結させる」という先進的な行政機関もあるが、多くの行政機関では、この報告書が作成された時点と比較して大きな変化がなく、実際にはB都道府県のような形での運営指導方法が多いのではないであろうか。

まとめ

 今回は、「運営指導におけるICT化された文書の確認について」としてブログを書いてみました。今後、ICT化はより進捗し、行政機関における運営指導方法にも大きな変化が生じる可能性があります。

 今後、より事業所におけるICT化を進捗させていくためには、運営指導における「標準確認項目」や「標準確認文書」を用いることも必要でしょう。また運営指導や監査を通じた行政指導や行政処分の一定程度の「基準化や定型化」も必要なのだと思います。

今後も、事業所として、また行政機関として、ICT化された文書が業務負担軽減に繋がることは望ましいと思います。反面、そもそも運営指導の目的は、事業者が適切に介護保険事業を行うための個別的な指導なのです。よって、行政機関としては、本来の目的が達することができない運営指導となってしまうのであれば、それは元も子もないことなのだと肝に命じるべきであると思います。

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